新聞記事写真のSNSシェアは合法?著作権と「黙認文化」を読み解く

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新聞をSNSで写真撮ってシェアするのは、著作権違法だと聞きます。しかし、Facebookなどでは、聖教新聞や公明新聞の切り抜き写真を堂々と公開しています。これは著作権違法ではありませんか?
ご指摘のとおり、新聞の紙面を写真で撮ってSNSに公開する行為は、基本的に著作権法に違反する可能性が高いです。以下に詳しく説明します。
新聞記事の著作権違反とは
新聞記事・紙面の著作権について
新聞に掲載されている以下のものには、著作権が発生します:
- 記事(文章)
- 写真・図版
- 紙面のレイアウト(編集著作物)
これらを許可なく複製・公開・配布する行為は、原則として著作権侵害となります。
SNSでの「新聞紙面の写真」のシェアは違法?
はい、著作権者(新聞社など)の許可なく以下のような行為を行えば、違法となる可能性があります:
- 紙面の写真をFacebookやX(旧Twitter)などにアップロードする
- 記事の内容を全文コピーして投稿する
- 写真や図版を転載する
たとえ非営利目的や**「善意のシェア」**であっても、著作権法に抵触します。
聖教新聞や公明新聞の切り抜きが堂々とシェアされている理由
以下のような事情が考えられます:
- 内部の「黙認」文化:
同じ思想や団体に属する者どうしでは、「広めてくれてありがとう」という雰囲気があり、著作権侵害が黙認されやすいです。 - 著作権者が問題視していない:
聖教新聞・公明新聞の発行元が、自団体の広報・伝道の一環とみなし、積極的に摘発していない可能性があります。 - そもそも投稿者が団体の一員:
本人が発行元と関係がある、または投稿を推奨されている立場である場合、内部的に容認されていることがあります。
違法かどうかの結論
- 法律上は著作権侵害の可能性が高い
- 発行元が訴えなければ表面化しにくい(民事上の問題)
- 第三者が同様の行為をすると訴えられるリスクはある
ブログなどで紹介したい場合の注意点
- 引用の要件(出典明記・必要最小限・主従関係)を満たすなら合法
- 写真を掲載したい場合は、公式HPなどから提供されている素材を使う
- 紙面を丸ごと撮って掲載するのは避けるべき
味方だと黙認される

この、著作権法違反の措置を相手を見て平等に使っていない、法律的な罪はありますか?
結論から申し上げると、著作権者(新聞社や発行元)が、著作権法の適用を「相手によって使い分ける」こと自体には、違法性(罪)や法的な責任は基本的に発生しません。
以下に、理由と関連する考え方を解説します。
著作権は「民事上の権利」=行使は自由裁量
著作権は私的な財産権(民法上の権利)であり、その行使は基本的に著作権者の自由裁量です。つまり:
- 「この人の投稿は黙認しよう」
- 「この人には削除を求めよう」
- 「あの人は訴えよう」
…と選ぶことは、法律上認められている自由です。
⚠ これを「恣意的だ」と感じたとしても、法的な問題には基本的になりません。
差別的な取り扱いが「法的な罪」になる例は限られる
もし、以下のような形で権利の行使が行われた場合には、別の法律が関係してくる可能性はあります。
- 人種・宗教・思想などを理由に意図的に差別する → 差別禁止法制(例:ヘイトスピーチ)
- 公的立場にある者(自治体職員など)が公平性を欠いた → 行政法上の問題(職権濫用)
- 競合他社だけを標的に攻撃 → 独占禁止法違反(不公正な取引方法)
ただし、新聞社や宗教団体の発行物に関して、これらの例に該当するケースはほとんどありません。
公平性・倫理的問題は別問題
法的な「罪」ではないにせよ、次のような問題として批判される可能性はあります:
- 公共的なメディアであるにもかかわらず、特定思想に偏って対応している
- 反対者には厳しく、賛同者には甘いというダブルスタンダード
- 言論の自由やフェアネスの観点から不適切
このような点は、法律では裁けなくても、社会的評価や信頼性に影響します。
つまり「違法ではないが、不公平である」として問題提起することは、言論や報道の自由の土俵で十分に可能です。
まとめ
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 法律違反か? | いいえ。著作権の行使は著作権者の自由。 |
| 差別的な扱いは違法か? | 通常は違法ではない。例外的に他の法に触れる可能性はある。 |
| 問題提起はできるか? | はい。不公平・倫理面での批判は可能。 |
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